超高感度撮影テクニック

カリブ海の光る海 〜ピロディニウムとマーメイド〜

映像プロデューサー:竹本宗一郎(ZERO CORPORATION

2010年3月。
カリブ海に浮かぶプエルトリコのヴィエケス島に再びネイチャー撮影用スーパー超高感度カラーテレビカメラ「NC-R550n」が持ち込まれることになった。
WOWOWのネイチャー特番でモスキート湾を撮影してからちょうど一年目のことだ。

今回は非常に斬新な試みの撮影が行われる。真夜中のモスキート湾でシンクロナイズドスイミングの選手が水中を舞うことで発光する複雑で美しい青い光を、動的なページェントとして表現するという前衛的な映画作品だ。

モスキート湾のピロディニウム(Pyrodinium)

ピロディニウムとは渦鞭毛藻の一種で、外的な刺激を受けると青く発光するという特性をもち世界各国の海に広く分布している。
なかでもプエルトリコのヴィエケス島にあるモスキート湾は、ピロディニウムが非常に高い密度で生息する貴重な場所。
夜になり、風が吹くと湾内一面に青く輝く波頭が見え隠れする。ボートを走らせれば魚が青い光の軌跡を描きながら四方八方に逃げて行く。海中に人が飛び込めば、体中が神秘的な青い光で包まれる・・・。この不思議な光景に魅せられ世界中から観光客がやってくるモスキート湾は、ヴィエケス島一番の人気のスポットだ。

水中での演技がすべて青い光で表現される

ピロディニウムの海で真夜中の水中演技をみせるのは、2004年のアテネオリンピックでプエルトリコ代表として出場したシンクロナイズドスイミングの選手「ルナ・デル・マール」。
今回の撮影では、ピロディニウムを美しく効率的に発光させるため、監督のキャメロン氏と共に通常のシンクロの演技にはない独自の動きを考案し本番に挑むことになっていた。

ルナの両耳には、水中で音楽を聴くことができるワイヤレス式の特殊なイヤフォンが装着された。そこから聞こえる音楽に合わせておよそ30分間の演技を行う。今回キャメロン監督は、ルナの演技をより美しく神秘的な青い光として映像化するために、真俯瞰からの撮影を希望した。そこで船上に全長12mのJIMMY JIBを設置し、そのリモートヘッドにネイチャー撮影用スーパー超高感度カラーテレビカメラ「NC-R550n」が搭載されることになった。

演技をより美しく神秘的な青い光として映像化する

ヴィエケス島に入ったその日の午後から早速ホテルのプールを貸切って撮影のリハーサルを実施した。ルナの演技を確認しながらジブの高さとのバランスや収録機器のチェックなどを行い、昼間のうちに問題点をすべて洗い出す。

我々撮影側からの提案としてまず挙げたのは、カメラの高さ。ピロディニウムの光は非常に淡い。その淡い光を強く美しいブルーとしてとらえるには、出来るだけ光源の光量を減衰させずNC-R550nのEMCCDに入射させる必要がある。光の強さは、光源からの距離の二乗に反比例するため、ズーム操作は行わず出来るだけジブの高さを下げることでNC-R550nをルナに近付け撮影しようと考えた。

ちなみに、偶然にも前の週にアメリカ本土からCNNのクルーが夜のモスキート湾を撮影するために、ここヴィエケス島に来ていたが、地元の人の話ではピロディニウムの青い光を映すことができずに帰って行ったという。それを聞いてスタッフ一同ますます気合が入る(笑)。

船上でのシステム

モスキート湾での撮影は21時からと制限があり、また水中でルナが演技できる時間も限られる。さらに、この時期の夜の水温はまだまだ低いため、できるかぎり集中して撮影を行う必要があった。そこでカメラのバッテリー交換等のタイムロスをなくすため、電動モーターで動く筏ボードの甲板上にAC電源を用意し運用することにした。
収録にはバックアップを含む2台のDSR-50を用意。また効率的な現場プレビューを実現するためAJAのファイルベースフィールドレコーダー「KiPRO」をセッティング。監督用にはPanasonicの17インチ液晶モニターを設置した。

今回は全長12mのジブを使うためNC-R550nのパラメータ設定方法が問題になった。NC-R550nはカメラ背面のプッシュスイッチですべてのパラメータ設定を操作する必要があるからだ。そこで今回はネットブックPCを使った専用の制御プログラムを用意し、NC-R550nの制御コネクタ(RS-232C)からケーブルを延長し、船上からすべてのパラメータをリモート制御できるようシステムを組むことにした。

青い光のページェント

わずか2日間のチャンスを確実にモノにしなければならない厳しいスケジュールのなか、撮影はスタートした。
キャメロン監督はルナの姿を直接映像で見せることなく、その演技のすべてを青い光で表現するのが狙いだ。そのため水しぶきや周囲に広がる淡い光のディテール表現が重要となってくる。
撮影感度を調整しながらNC-R550nに搭載されている2種類の高画質ノイズリダクションを絶妙に組み合わせることで、キャメロン監督のイメージを見事映像として具現することができた。ピロディニウムは日によって光り方が大きく異なる。前日が雨なら絶望的、曇りの日が続いてもあまり発光しないという。数日間の晴天がつづき、強い風が噴かない日がべストコンディション。あいにくロケの前1週間はヴィエケス島は悪天候が続いていた。案の定、ルナの力強い動きでも光り方が弱かった。撮影最終日は朝から快晴。スタンドインのスイマーをつかって最も強く光るポイントを探しながらボートを移動させていった。残り時間が迫るなか、湾の中心付近で理想的なポイントをついに発見。ルナが海に飛び込むと強いブルーの光に包まれた。キャメロン監督の演出にあわせてルナが考案したアクションを次々に披露して行った。それは今まで誰も見たことのない光景だった。その演技を真俯瞰からとらえた映像はまるで青い星雲のよう。一瞬にして現れ、そして消えていく青い光をNC-R550nは見事にとらえていた。撮影は無事に成功した。翌日、ロケに協力してくださった地元の方々を集めてプレビューを行ったところ、みな感嘆の声をあげることになったのはいうまでもない。

今回収録した映像素材は、キャメロン監督によっておよそ一年をかけ作品に仕上げられる予定だ。

最後に、キャメロン監督のご厚意でその美しい光のページェント映像の一部をご覧いただこう。(収録素材につき音声無し)

完全な暗闇の海中で完璧な演技を見せたルナ。今回ばかりはアスリートではなく素晴らしいアーティストだった。

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撮影:竹本宗一郎(ZERO Corporation)

著者プロフィール

竹本宗一郎(映像プロデューサー)

1968年東京生まれ。1991年大阪芸術大学芸術学部卒業。 東京吉祥寺の映像制作会社ZERO CORPORATION代表取締役。自然をフィールドにした様々な映像を制作。特に超高感度カメラによる天体撮影に精通し、CMや番組、科学館、博覧会など向けの映像を手がける。また月刊天文ガイド「ASTRONOMY VIDEO」連載のほか、「天体ビデオ撮影マニュアル」「天体ビデオ撮影入門」や「コンパクトデジタルカメラで野鳥を撮ろう!」などの著書も執筆。 業界では稀なナイトネイチャーカメラマンとして活躍中。

◇ このコンテンツは「スーパー超高感度カメラNC-R550aシリーズ」のウェブサイトに掲載されたものです。なおNC-R550aシリーズは2013年8月末を持ちまして販売を終了いたしました。